ブレイクタイム:私がリハビリの道に進んだ理由
進路って悩みますよね。
なんとなく高校に行って、なんとなく大学に行って・・・
私が10代の頃は、それが当たり前のようにあったと思う。
少しさかのぼって書きます。
小学校卒業時に、小学校の先生が
「矢野君は、このままいけば間違いないです」と私の親に」言った。
中学に上がり、速攻で間違える。
不良とかではないが、小学校の時は勉強しなくても出来ていた。
中学校になったら勉強しないと出来ないに変わっていた。
遊ぶ、遊ぶ、遊ぶ。
中学卒業時に、行ける高校は私立の下の方の高校しかなかった。
普通なら、そのまま、その高校に行くと思うが、私は、何か違った。
『立ち止まる』ということが出来る人間だった。

『このまま、この高校に行って、その後どうなる?そのあとどうなりたい?自問自答する。』
母親に「俺、高校行かんけん」と伝えた。
母親:「は?」「本当にいいんやね?」
(いやいや、普通は、そこ高校くらいは言っときなさいやろ)
私:「いいよ」
母親:「わかった。じゃー入学金入れんよ」
・・・
その後、とりあえず定時制高校を受ける。合格する。
あとは、入学するだけとなった時、
父親登場。
父親:「ここ、行ってみたら」とパンフレットを置く。
私:「ん?予備校?」
父親:「人生長いんやけ、やり直してみたらいいんやない」
私:「たしかに」
定時制高校には、行かずに退学するという・・・
予備校に入校する。
高校浪人という珍しい肩書をもったやつらが、30人くらい居たかな。
毎月、テストがあって、テストの成績順に前列左から席が決まっていく。
この1年間は、勉強をさせられたと言った方がしっくりくる。
でも、楽しかった。
みんなが、同じ目標だったからかもしれない。
その中でも、一番仲良かった友達がいるが、予備校卒業後から会うことはなく、記憶からも消えていたが、Facebookで、友達かもに名前出てきて思い出し、連絡を取ってみたら、そいつも作業療法士になっていた。(これには、マジでびっくりした)
中学卒業から1年後再度受験するが、希望校には、入学できず私立の進学校へ。
もう、中学の時みたいにはなりたくないという思いから(たぶん、遊んでしまうとわかっていたので)、
父親に「お願いがある。塾に行かせてほしい。勉強をさせられる環境を作りたい」と伝えた。
父親は「そんな金ねー」と一蹴。
結局、高校時代は、中学以上に遊んでしまうことになる。
ここからが、本題
高校時代、スーパーでバイトをしていたが、毎日同じ作業だったため、自分には向かないな、将来の仕事は、『人と接することが出来て、変化がある仕事で、笑顔が見れる仕事がいいな』と漠然と考えていた。
高校2年の時、担任が「介護の専門学校の先生が、学校説明に来るけど、聞きたいやつおるかー?」
この時、話を聞きたいと手を挙げたのは、クラスで私だけだった。
クラスのやつらからは、「お前は絶対介護とかむかんてー」と言われたが。
介護の話を聞き、高校生だった自分には、無理だと感じてしまった。
理由は、知らない老人のオムツを替えたり、お風呂入れたりできんやろーだった。
それで、色々調べたら、リハビリの仕事にたどり着いた。
『俺が探してたのは、これやん』とマジで思いました。
ただ、当時、理学療法士と作業療法士の違いも判らなかったので、理学療法士を志望しましたが、なぜか作業療法学科で合格しました。
でも、今となっては、作業療法士でよかったと思う。
なぜなら、私は作業療法士だから。
今は、病院や施設に所属して作業療法士としてという働き方はしていませんが、縁あって高校生の時に無理と思った介護事業をやっています。
もちろん、排泄介助もしますよ。